マツダ本社工場が位置する広島には、鉄を活用した手工業、造船技術といったものづくりの伝統があります。この地で受け継がれてきた技と志は、“ものづくり”にこだわり抜くマツダの今を支えており、私たちの工場には、現場を元気に、広島といっしょにやっていきたいという思いがあります。本社工場では、4つの製造部に計約7,600人が所属し、3つの車両組立ラインで5車種を混流生産しています。また、海外生産拠点の同一品質・同一生産性、自律した相互研鑽の実現に向けた活動をリードし、グローバル全拠点の同体質化をリードしています。
本講演のタイトルにある「マツダ生産方式(MPS)」とは、マツダの全ての工場で展開している生産の哲学です。MPSは、人間尊重のもと全員参加で徹底した価値追求に挑戦し、「価値編成」「Just On Time」の2つのあるべき姿を実現することを基本としています。このMPSの徹底によって、お客様価値の最大化、ロス削減によるコストミニマム化、さらにビジネス効率の向上が図られると考え、改善活動を継続しています。
今から10年前の2014年、本社工場ではMPS活動活動が活発で、SUVの大ヒットによって非常に活気もありましたが、労働力不足で有期雇用労働者採用を拡大したことにより、教育や管理の負担が増え、次第にMPS活動に手が回らなくなっていきました。その後、コロナ禍による行動制限、生産台数の減少と経営悪化により、従業員のモチベーションは大きく低下。2019年ごろからMPS活動は停滞が続いていました。
自動車産業は、想定を超えるスピードの環境変化にさらされています。従来型のものづくりの価値が低下し、付加価値の変化への対応が必須となる中、今までのように社内でMPS活動をコツコツやり抜くだけでは勝てない時代が来ています。こうした環境で我々が生き残るためには、自らの強みを生かした強靱なサプライチェーンを実現しなければなりません。
強靱なサプライチェーンとは、環境の変化の影響を受けにくい生産構造と、環境変化に迅速かつ柔軟に対応できる現場力を持ち、マツダグループ工場が一枚岩になったサプライチェーンであると我々は考えました。その実現には、まず本社工場が現場力を高め、それをサプライヤーに伝播させていく必要があります。そこで本社工場は、自分たちで活動原資を捻出しながら、業務効率化と人財育成を両輪で進めて現場力を強化すること、さらに、現場力を身に付けた人財の活躍の場を社外に広げ、強靱なサプライチェーンづくりに貢献することを目指して活動をスタートさせました。
この活動において、最初に人財育成のモデルに選んだのは、現場の要である「職長」です。マツダでは、現場の20~30名のチームを職場、職場の長を職長と呼んでいます。生産現場は職長の統率で成立していますから、職長はまさに製造現場の肝心要の存在です。
ところが、職長と若手社員の意見調査を行ったところ、職長は業務負荷が高すぎて本来業務ができておらず、そうした職長の姿を見て、若手が職長にネガティブなイメージを持っていることが分かりました。そこで、職長が本来業務に集中できる状態をつくり、メンバーが職長に魅力を感じるようになることを目指して、職長の活躍を最大化させる取り組みに着手しました。
まず取り組んだのは、職長の本来業務に付随する業務の削減や効率化です。人事本部、IT本部など社内各部門の協力のもと、勤務実績入力や各種申請の仕組みを変え、職長が本来業務に充てる時間が確実に増えています。
さらに、職長のモチベーションを向上させるため、各製造部ごとに、職長相談役としてベテランの元職長を専任で配置しました。相談役は、業務上のアドバイスや励ましを通じて、職長の前向きな気持ちや挑戦意欲を引き出します。職長は1人で悩むことが多かった労務問題や部下の育成について、実体験に基づいたアドバイスを受けることができます。相談役を通じて、職長同士の横の交流も深まり、相互の信頼関係も築かれました。
また、やる気のある若手職長育成のため、従来からあるMPSマイスター挑戦活動に加え、MPS準マイスター挑戦活動を開始しました。2014年にスタートしたMPSマイスター挑戦活動は、職長経験3年以上の職長が選抜され、職場の重点課題を解決するプロジェクトワークを通じて、価値編成とJust On Timeを目指した全員参加の改善活動を実施するものです。1年間の活動プロセスと結果を評価し、工場長がMPSマイスターとして認定しています。準マイスター挑戦活動は、まだ挑戦資格のない若手職長が、小さなレベルの実践から始めるもので、MPS活動の幅広い浸透に繋がりました。
さらに、若手対象のチームリーダーミニ研修、ムダ取り塾、フォロワーシップ研修を立ち上げました。このうち、サブリーダーの改善実践力を高めるムダ取り塾では、学んだことを忘れないうちに実践し、ステップを刻んで積み上げていく研修スタイルを取っています。上司の激励やアドバイスも頻繁に行い、最後はやり遂げた達成感を味わってもらうことで、次のモチベーションに繋げています。この活動の背景には職長の支援があり、参加した社員は、ムダ取り塾を通して職長のすごさを理解し、自分も職長になりたいと憧れる若手も増えています。自分の生きがいや職場の働きがいを考え、変わろうとする職場が多く出てきているのは、本当にうれしい限りです。
さらに現在、職長や職長経験者の活躍の場は、本社工場から海外拠点、地場サプライヤー、販社サービス現場へと広がっています。
海外拠点に対しては、マザープラントである本社工場の職長が、海外工場の同じ加工区の職長を育成することも本来業務と捉え、MPSマイスターが現地に出張して研修を行ったり、国内からリモートで指導したりして現場力を伝播しています。さらに生産技能、改善技能、保全技能の3つを身に付ける「一人三役」研修に海外拠点のメンバーを受け入れ、現場力の同体質化を実践しています。
地場サプライヤーに対しては、現場力の強みと弱みの調査を通じた相互理解、課題の明確化、指導や支援を通して改善行動を促し、その過程でサプライヤーの人財育成も加速させています。サプライヤー支援においても、職長が実践的な活動を熱心に指導し、社内外で真剣に教える職長の活躍が若手の刺激になっています。
さらに、販社サービス支援も工場の活動であると考え、サービス現場の生産性改善活動に参画。職長が生産現場で培った現場力で、販社サービス工場にもMPSの考えを展開しています。職長の熱意に応え、販社にも真剣に成長する姿勢が見られ、2021年からの2年間で販社サービス工場の従業員20名が自律的にMPSを活用し、改善できるようになりました。
今後も職長の活躍の場をさらに拡大し、海外拠点、社外サプライヤー、販社サービス工場とともに、双方向で現場を盛り上げていきます。そして、マツダグループ工場が一枚岩となって、人財活躍の最大化を実現し、強靱なサプライチェーン構築に向けて進んでいきたいと考えています。
これまでの職長活躍の最大化によるMPS推進活動の成果として、活性化職場比率が向上したほか、本社工場および海外各拠点のMPSマイスター育成、「一人三役」育成、販社サービス工場へのMPS展開によって、本社工場、海外工場、販社サービス工場の労働生産性も向上。地場サプライヤーにMPSを導入した結果、グループトータルの現場力を示す在庫金額も計画通り推移しています。
今後は、これまでの活動をさらに推進することに加え、ものづくりを通じて人を育てる取り組みを、マツダグループ工場から地元広島に拡大していきたいと思っています。マツダ本社工場は、活動を社内から社外へと広げながら、人を深く知る、人とともにつくる、飽くなき挑戦、というマツダが大切にする価値を幅広く浸透させていきます。これからも現場力の向上と人財活躍に注力し、広島の地域に貢献していきたいと考えています。